2.旧川喜多邸-鶴岡八幡宮-旧華頂宮邸


旧川喜多邸
窟不動のある通りにある、ずっと続く木の塀。そこが東宝東和会長であった、川喜多長政さんご夫妻の住まわれていたところです。奥様のかしこさんは、川喜多記念映画文化財団の創始者。お二人とも、日本の映画振興に尽力されました。
入退場とも、お不動様側の一ヶ所のみ。入って驚いたのは、左手に有る緑。個人の邸宅とは思えぬ山深さを感じます。下写真右、奥が母屋。その手前の緑の中に順路があります。

 

順路はまずなだらかな上りにある平屋へ。哲学者・和辻哲郎さんの旧居(江戸時代の古民家)を移築したもの。川喜多夫妻がゲストハウスとして使っていたそうです。土間には、古典名作映画のポスター等が展示されていました。囲炉裏の有る座敷には、夫妻と往年の国内外の銀幕スターの写真パネルが展示。他のお部屋も拝見出来ました。昭和初期と大正年間に建った家での生活経験を持つ自分には、もうこのお宅のもつ空気が懐かしくて堪りませんでした。縁側に座らせて頂いたとき、動きたくないぃ〜と思いました(笑)。

 

ご夫妻の住んだ母屋は、現在は傷みの問題も有り外からの見学のみでした。こちらの二階から眺める敷地の緑は、どんなに綺麗なものなのでしょう。

 


見学を終えてふと気付きました。11日前に来たときは作業中だったこの邸宅前の場所、コインパーキングになっていました。…先々周りから浮くような建物になってしまう…のでしょうか(汗)。


鶴岡八幡宮
小町通りを横切って、八幡様の正面へ出ました。この日の午後からは流鏑馬です。混んでるだろうと思ったら、その通り(笑)。源氏池の八重桜でも…と思うも、凄い人。旗揚弁財天にはお参りをと思って、参拝。してみれば、弁天様の藤棚…って、白藤だったのか!知りませんでした。その時期に来たことが無かったし…。流石源氏の地、藤の色も源氏カラーなのですね。

 

普段は幼稚園の敷地で通行禁止の場所も、休園日なので通れまして…そこを抜けて馬場の方へ。普段は八幡宮の境内の東西を結ぶ参道として使われていますが、今日は馬場ですからね。
まだ通り抜けが出来そうです。最も馬場ではなく観客席と化した植え込みを這うようにして、ですが(笑)。
東鳥居の脇に、出番を待つお馬さんたちがいまして、思わず1枚。
そのままバス停「大学前」へ。次の目的地へ向かいます。


旧華頂宮邸
バスは混んでおりました。多分、これまでで一番の混み具合。190円を払って「浄明寺」で下車。少し戻って華の橋を渡って…報国寺さんの奥にあるこちらへ。
初めての訪問です。洋館好きとしては「庭だけでなく、中も!」との思いが強く、一般公開日を心待ちにしておりました。今回の訪問のきっかけとなった邸宅です。入り口で靴を脱ぎスリッパに履き替え、一階から二階へと回ります。各部屋はそれほど大きくはありません。朝香宮邸や岩崎邸と比べると、ですが(勿論庶民からすれば充分広いです)。各部屋の窓からは、周囲の景色が見え明るい印象です。

 

 

南側のお庭はフランス式庭園ですが、東側の池の辺りはこの地域そのままの感じです。池の奥…塞いでありますが、あれはやぐら?というものも。

  

昭和4年に建てられ宮様が住まわれた後は、持ち主が度々代わったそうで戦後の接収も含め往時のままというのがどのくらいかというのは、よく分かっていないようです。


その3へ   その4へ  その5へ    その1へ戻る

 
麗しの建築と…topへ戻る   鎌倉旅行記topへ